宮沢氷魚の父親・宮沢和史はTHE BOOMのボーカル!映画・るろ剣にも出演していた!

宮沢氷魚さんは2015年にメンズノンノ専属モデルとして芸能界デビューしたモデルさんです。身長は184cmとかなりの高身長でスレンダーでイケメンでもあります。

そして宮沢氷魚さんの父親はあの元THEBOOMの宮沢和史さんです。宮沢和史さんは1994年にタレントの光岡ディオンと結婚して1994年に宮沢氷魚さんが誕生しました。

母親の光岡ディオンさんはアメリカ人とのハーフなので宮沢氷魚さんはクオーターということになりますね!

今回は父親の宮沢和史さんについて調べてみました。

父親・宮沢和史のプロフィール

名前は宮沢和史みやざわかずふみさんで53歳となっています。出身地は山梨県で職業はシンガーソングライターと俳優をやっています。

1986年に「THE BOOM」を結成して1989年に「君はTVっ子」でデビュー。代表曲には「島唄」や「風になりたい」などがあります。

1993年には「島唄」がレコード大賞のベストソング賞に輝いていて紅白歌合戦にも出場しています。

MISIAさんや小泉今日子さん、中島美嘉さん、夏川りみさん、石川さゆりさんなど多くのアーティストに楽曲提供をしていたりもします。

2014年にTHE BOOMは惜しまれながらも解散となってしまいましたが宮沢和史さんはシンガーソングライターとして現在も活躍中です。

また歌手以外にも俳優やタレントしても活動をしています。長男は俳優とモデルをしているということなので本当に凄い才能を持っているんだなと感じました。

 

THE BOOMのボーカルだった!

宮沢和史さんはバンドブームだった頃の1986年にTHE BOOMを結成して歩行者天国でライブ活動を行っていました。

そして1988年にソニーのオーデションに合格したことがキッカケとなって1989年にシングル「君はTVっ子」とアルバム「A Peacetime Boom」でデビューを果たしています。

やはり昔から才能みたいなものはあったんでしょうね。

 

大ヒット曲『島唄』

宮沢和史さんの代表曲である島唄はあまりにも有名で誰でも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

しかし宮沢さんの出身地は山梨県となっていて沖縄ではありません。沖縄と出会うきっかけとなったのはTHE BOOMの1990年に発売された3枚目のアルバム『JAPANESKA』の時に日本の原風景のある場所をいろいろと探したことでした。

そこでたどり着いたのが沖縄だったという訳です。宮沢和史さんとしてもずっと沖縄には行きたかったそうです。

そして沖縄で衝撃を受けたのは沖縄戦のことでした。当時はひめゆり平和祈念資料館では実際にひめゆり部隊だったおばあちゃんが語り部として話をしてくれていたんですがその戦争の話を聞いて宮沢さんが思ったことをそのおばあちゃんに曲にして聴かせようと思って作ったのが島唄なんです。

平和への思いが込められているんですね。当時は沖縄県出身でないのに沖縄の歌を歌っていたことから心無いバッシングも受けていたそうです。

そういった経験も宮沢和史さんの人生ではいい経験になっているんでしょうね。

 

2014年 THE BOOM解散

島唄でヒットし知名度が上がったTHE BOOMはその後はブラジル音楽などをしたり演歌や歌謡曲の分野など幅広いジャンルの楽曲を作り出していました。

そして活動休止などを繰り返しながら活動していましたが2014年にバンドは解散しています。現在ではそれぞれのメンバーはソロとして活動をしています。

バンドとしてはやり切った感やメンバーそれぞれ年齢を重ねたことによってそろそろ自由になりたいという思いがあったのかもしれませんね。

ソロとして活動していければ自分のペースで出来ますからね。それだけバンドを続けていくことは個性が強いメンバーが集まっているだけに大変なことなんだなと改めて感じました。

 

2018年 ミュージックステーションウルトラフェスにソロ初出演

宮沢和史さんはTHE BOOM解散後にソロで音楽活動を続けていましたが2016年1月の春からは表舞台の歌手活動を無期限で休止すると発表。

宮沢和史さんは長年に渡って頸椎のヘルニアに苦しんでいたようで頸椎ヘルニアを2007年頃に発症しているんです。

そしてライブ活動を行っていく中でも激痛を我慢しながらしていて精神的にも参ってしまっていた状態でした。

歌手活動を休止された後は沖縄県立芸術大学や慶応義塾大学などで講師を務めたりと歌手以外の場所で活動されていました。

しかし活動休止して1年くらいたった後に東日本大震災が起こり仙台で歌を歌わないかと誘われたことがキッカケとなって少しずつ歌手活動を再開していきました。

そうして歌を披露する機会が増えていったことによって2018年のミュージックステーションウルトラフェスにソロ初出演を果たしたんです。

現在では歌手活動を継続しています。ヘルニアの方も活動を休止したことによってある程度は回復したのではないでしょうか?

 

俳優業もやっていた!

歌手としての印象が強すぎであまり知られていませんが宮沢和史さんは歌手以外にもサカナラジオでパーソナリティーをやったり俳優業をしています。また過去にはコマーシャルにも出たりとタレント業もしていたことがありました。

歌だけではなくて本当に才能にあふれているんだと感じました。

 

るろうに剣心 京都大火編 大久保利通役

2014年の夏公開の映画「るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編」に宮沢和史さんは出演しています。

宮沢さんは大久保利通役での出演となっていて重要な役柄でさすがの存在感を出していました。

佐藤健さんが主演の通りにキャストは若い人が大半となっていますが慣れない俳優業でもいまだに存在感は健在のようですね。

 

南極大陸 岩城昌隆役

元SMAPの木村拓哉さんが主演したドラマ『南極大陸』では第二次越冬隊隊長の岩城昌隆役で出演していました。

そもそもドラマへ出演したきっかけとなったのはアルバムを聴いてほしいという思いがあったからです。

さらにその年に放送されたドラマ『JIN-仁-』でも新選組の近藤勇を演じています。この時の出演したテレビドラマは10年ぶりだったそうです。

それでも見事に役を演じきっていてさすがだなと感じました。

 

『氷魚』と名付けたのは父親である宮沢和史!由来は?

宮沢氷魚という名前の氷魚の読み方は「ひお」と言います。名前の由来は釣り好きという父親の宮沢和史さんが鮎の稚魚「氷魚」からとってつけたそうです。

氷魚は秋から冬という厳しい季節に琵琶湖でとれることで有名で厳しい環境の中にあっても強く生き抜いてほしいという意味をこめて「氷魚」と名付けたんだそうです。

ちなみに次男の海実(かいみ)君と妹の琉歌(るか)ちゃんも宮沢和史が名付けています。こちらもそれぞれ名前の由来は釣り好きと沖縄好きからきているようです。

このように宮沢和史さんの私生活には沖縄が深く関わってきています。島唄も沖縄と出会って生まれていますし本当に宮沢和史さんにとって沖縄は大きな存在だということがわかりますよね!

 

アユの稚魚「氷魚」はこんな魚

氷魚とは鮎の稚魚のことで体長は2〜3㎝程度で体は半透明で秋から冬にかけて琵琶湖で獲れる魚です。

魚としては厳しい環境でも生き抜かなければならない所に生息しています。息子さんにはそういった強い思いが込められているんですね。

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