藤竜也の若い頃は通行人役ばかり?時間ですよでブレイクし名作愛のコリーダへ

藤⻯也さんは2019年現在で年齢は77歳と高齢となっていますが俳優として現在でも活躍しています。渋いイメージとひげが印象的で⾊気のある雰囲気を感じられるベテラン俳優です。

過去にはドラマ「かぶき者慶次」に出演したり北野武さんの映画「⿓三と七⼈の⼦分たち」でも主演を務めたりもしていました。

俳優としてデビューしたのは21歳の時で今からもう56年も前のことです。その時から現在まで俳優をやっているということですから物凄いことですよね(汗)

常に第一線で活躍を続けてきた藤竜也さんが出演した作品は数多くあってしかも多くの作品に出演で出演しています。

中でも主演を務めた映画「愛のコリーダ」は伝説的な映画として現在でも語り継がれている作品です。

その他の作品でも幅広い役柄を演じてきています。そんな藤竜也さんの若い頃がイケメンと話題となっているようです。

今回は藤竜也さんの若い頃の時について調べてみました!

かなりイケメンな若い頃の藤竜也

藤竜也さんの若い頃はかなりのイケメンで芸能界へはスカウトされて入ったということですから相当カッコよかったんだと思います。

若い時から現在までひげを生やしていてそれがまた色気を感じますよね。

また当時では珍しかった体を鍛えている俳優さんでもあったんです。それは現在でも続けていてなんと週3、4日はスポーツジムに通っているそうですよ!?

ウォーキングもしていて11キロも歩くんだとか…運動は役作りにも大切と言われていますがここまでプロ意識を徹底されているのは凄いことだと感心してしまいました。

藤竜也の嫁・芦川いづみの現在の画像はある?

 

芸能界入りのきっかけはスカウト!

藤さんは1962年の当時まだ大学に在学していた21歳の時に東京有楽町マリオンで当時は日本劇場だった前でデートの待ち合わせをしている時にスカウトされました。

100万や200万も軽く稼げるといわれたそうです。そしてその世界に興味を持って大学を辞めてまで芸能界入りされました。

藤さんは元々映画を見るのが好きだったことから映画俳優になるのもいいんじゃないかと軽く考えていたそうです。

歩き方や芝居は石原裕次郎さんのマネをしていそうですがかなり難しかったようですね~やはり顔がどんなにかっこよくても演技が出来なければこの世界では生きていけないですからね…

藤さんも最初はこんなに大変だとは思いもよらなかったんでしょうね。それはスカウトの誘い方があったんだと思います。

軽く稼げる的なニュアンスでスカウトしていたんでしょうね。

 

『望郷の海』にて映画デビュー

高校生になって進路を決めるときは目標も無くてその代わりに映画が好きだったことからなんとなくという理由だけで日本大学芸術学部演劇学科に入学していました。

そして俳優になったきっかけは日活のスカウトマンに声をかけられてデビューとなりました。

芸名については本名の伊藤龍也では普通っぽいからという理由で伊を取っていて藤竜也に改名しています。

そして日活の期待の新人として望郷の海で映画デビューとなったんです。

 

しかしその後は通行人役(ちょい役)が何年も続いた

こうしてただの勢いで映画界へ入ってすぐに活躍できると思っていた藤さんでしたが現実はそう簡単にはいかなくて大部屋で毎日、通行人の役ばかりをしていたそうです。

その通行人の役が何年も続いていてどうすれば俳優として役がもらえるのか?ということを考えていくようになります。

そこで思いついたのが他の俳優の演技を見学したりヒゲを生やすことをしています。それでも大した成果は上げることは出来ませんでした。仕事がない時は撮影所にある道場で殴られる稽古をしていました。

ただそれは演技力をつけるというよりも何でもいいからしようという精神状態だったそうです。それだけこの時は追い込まれていたんですね。

 

人気監督の鈴木清順に『君には何もない』と言われる

さらに追い打ちをかけるよう端役ばかりを演じていて撮影の無い日も撮影所に通いつめたりしていましたが当時の人気監督だった鈴木清順からは「君には何もない」と言われてしまいました。

しかしこれが藤さんにとっては役者として真剣に考える出来事になったそうです。監督としても本当はそう思っていなくて藤さんにあえてはっぱをかけるためにわざといったのかもしれません。

何か才能みたいなものや魅力みたいなものを監督がこの時既に感じていたからこそ厳しく言ったのかもしれませんね。

結果的には大成功となっていますからこの時の発言は正解だったんだと思いました。

 

1969年映画『野獣を消せ』でアウトロー役がはまる

そして1969年の映画「野獣を消せ」でこれまで日活にいなかったアウトロー役を演じたことが評価されてやっと自分の演技に手応えを感じられていきました。

この時既にデビューから7年が経ってのようやくのブレイクでした。その間の下積み時代は長く厳しいものだったんだと思います。

芸能界へはスカウトに入ったことによって最初はおごりみたいなものがあったんだと思います。しかしチャンスを逃さずにものにしたところやそれまで我慢して耐えていったことは才能でもあるんだと思いました!

 

1973年テレビドラマ『時間ですよ』で謎の男役がブレイク

順調かと思われた矢先の1971年に日活が撮影所を一部閉鎖してしまいました。藤さんも焦っていてこのことがきっかけとなってフリーとなります。

そして映画からテレビドラマに出演するようになっていって1973年のテレビドラマ「時間ですよ」でスナックの片隅に座る謎の男を演じてこれが注目を集めたんです。

フリーになったことによってドラマ出演出来てそれまで映画を見てる人しか知らなかった藤さんについて多くの人たちが知る作品でもあります。

 

ドラマ『時間ですよ』とは?視聴率30%超え?

さらにいいことは続いていてラッキーだったのは「時間ですよ」はなんと視聴率が30%を超える大ヒットドラマとなっていたんです!

その影響はすさまじくて藤さんが町を歩いていると振り返られられたり声をかけられるまでになっていきました。

映画よりもテレビの方が当時はかなりの影響力を及ぼしていたことがわかりますね!

 

『愛のコリーダ』今でも語られる名作

そして藤さんの俳優人生の中で集大成となったのが1976年の大島渚監督の『愛のコリーダ』でした。

この映画は多くの俳優たちが出演を断っていてその中で藤さんはなんと二つ返事で引き受けたそうです。

この映画は男性の性器を切断した実際に起きた阿部定事件が元となっていてあまりにも過激なために世間に一石を投じる作品にもなっています。

それは裁判にまで発展した問題作でもありました。その中で藤さんは体当たりの演技を披露していてその評価は日本国内だけではなくて世界的な評価を得ていてカンヌ映画祭でもかなりの人気となっていました。

いわゆる18禁という作品で実は日本では大幅な修正をしての上映となっていたそうです。ようやく2000年にノーカット版がリバイバルされています。

この作品が藤さんの代表的な作品で今でも語り継がれている伝説的な代表作です。それからというものの藤さんは芸能界で俳優としての立場を確固たるものとなりました。

しかし若い時に特に最初に売れない時を過ごしていたことから現在まで決しておごることがなくストイックに運動したり体を鍛えていてその時の経験が生きているんだなと感じました。

じゃなければ現在まで俳優をし続けることなんて出来ませんよね!

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